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札幌地方裁判所 昭和44年(ワ)1582号 判決 1972年11月29日

原告 北龍商品株式会社

右代表者代表取締役 小川健太郎

右訴訟代理人弁護士 藤井正章

被告 庄司孝

右訴訟代理人弁護士 斎藤忠雄

主文

原告の主位的請求および予備的請求をいずれも棄却する。

訴訟費用は原告の負担とする。

事実

第一当事者双方の申立

一  原告

(主位的請求の趣旨)

被告は原告に対し金六一万六〇〇〇円およびこれに対する昭和四四年八月二四日から完済に至るまで日歩二銭四厘の割合による金員を支払え。

訴訟費用は被告の負担とする。

仮執行宣言。

(予備的請求の趣旨)

被告は原告に対し金六一万六〇〇〇円およびこれに対する本件訴状送達の翌日から完済に至るまで年五分の割合による金員を支払え。

二  被告

主文と同旨。

第二当事者双方の主張

一  主位的請求の原因

1  原告は北海道穀物商品取引所の取引員であって、顧客から委託手数料を得て穀物等商品の売買の委託を受け、自己の名をもって委託者のために右取引所において委託された物品の買付または売付をしている会社である。

2  原告は被告の委託に基づき、昭和四四年七月一二日、北海道穀物商品取引所において一二月限小豆二〇枚を、前場一節に一俵一万二二〇〇円で買い付けた。

3  ところが被告は原告の再三の請求にもかかわらず、商品取引所法九七条一項、北海道穀物商品取引所受託契約準則八条二項により原告に預託すべき委託証拠金八〇万円またはこれに代わる充用有価証券を差し入れなかった。

4  そこで原告は、同年七月二四日、同準則一三条一項に基づき被告に対し前記建玉の全部を同月二五日後場一節で処分する旨を予め連絡したうえ、右場節に一俵一万一五二〇円で売付処分したが、その結果は金五四万四〇〇〇円の損失となった。

また被告が原告に支払うべき委託手数料は前記取引所理事会において定めた料率によると七万二〇〇〇円であるから、被告は原告に対し精算金合計六一万六〇〇〇円を支払うべき義務がある。

5(一)  商品取引員と委託者間における預金の決済は前記準則二四条三項により取引員の指定した日から起算して一〇営業日まで猶予される。しかし右決済期限を徒過すると、昭和三五年九月一日以降各地代行会社の定める料率までの金利相当の遅延損害金を委託者が負担する旨の商慣習が存在する。

(二)  原告は被告に対し右決済日を昭和四四年八月一三日と指定したから決済の猶予期限は同月二三日であり、前記取引所所在地の北海道商品代行株式会社の金利は本件取引終了当時以降日歩二銭四厘である。

6  よって被告に対し精算金六一万六〇〇〇円およびこれに対する弁済期の翌日昭和四四年八月二四日から完済に至るまで日歩二銭四厘の割合による金員の支払を求める。

7  (予備的主張の一)仮に前記2の委託の事実が認められないとしても、被告は原告から送付された建玉の買付報告書を受領しながら原告に対し異議申出をせず、昭和四四年七月二一日には自ら原告会社に来社して委託証拠金八〇万円の差入期限延期方を申し入れており、明示黙示に建玉を承認している。

8  (予備的主張の二)仮に本件建玉の委託をしたのが当時原告の社員であった訴外近藤芳正であって、本件建玉が同人の手張り玉であるとしても、同人は被告に名義借用を申し入れ、被告はこれに同意したものであって、被告は名板貸人として本件取引上の責任を免れ得ない。

二  予備的請求の原因

1  仮に本件建玉が訴外近藤の手張り玉であるとすれば、被告には次の損害賠償責任がある。

すなわち、原告の社員である訴外近藤はその任務に違背して背任行為たる本件手張り行為をしたところ、被告はこれを知りながら、原告から買付報告書の送達を受けても原告に対し異議申出などをすることなく、かえって同年七月二一日頃、原告会社社員から被告名義の承諾書、通知書、申出書、念書等を示されてこれらの書類が存在することを知りながら、訴外近藤に依頼されて原告に対し証拠金納入の猶予を乞い、本件建玉を鉄砲玉とならしめたのである。

被告の右行為は訴外近藤の背任行為に加担するものであって、これにより原告は主位的請求原因で主張のとおり未収精算金六一万六〇〇〇円相当の損害を被った。

2  よって被告に対し右損害賠償金六一万六〇〇〇円およびこれに対する訴状送達の翌日以降完済に至るまで民事法定利率の年五分の割合による遅延損害金の支払を求める。

三  主位的請求の原因に対する答弁

1  請求原因1の事実は認める。

2  同2ないし8の事実は否認する。

四  予備的請求の原因に対する答弁

原告の主張はすべて争う。

五  被告の抗弁

1  仮に被告が訴外近藤に対し名義貸しを承諾したとしても、同人は原告の使用人であって取引主体として同一体の関係にあるから、商法二三条を適用する余地はない。

2  仮に本件に商法二三条を適用できるとしても、原告には被告が本件委託の相手方であると信ずるにつき重大な過失があった。

すなわち、訴外近藤は当時原告の調査員であって、取引の委託を受ける資格はなかったから、近藤が店舗外で得てきた売買の注文については原告の登録外務員をして被告に照会させ、正規の受託をすべきであったものであり、これをすれば本件建玉が近藤の手張り玉であることを容易に知り得たのに、原告はこれを怠った。また原告はその使用人である近藤が知っていた事実は使用者として当然知っているべきものであり、また使用人の選任監督教育については使用者たる原告に責任があるのに、原告はこれを怠った。

3  また本件取引は一任売買であって、商品取引所法九四条一項三号に違反するから、委託契約は無効である。

六  抗弁に対する原告の答弁

すべて争う。

第三証拠≪省略≫

理由

一  請求原因一項の事実は当事者間に争いがない。

二  ≪証拠省略≫によれば、原告は昭和四四年七月一二日前場一節に北海道穀物商品取引所において一二月限小豆二〇枚を被告の委託分として一俵一万二二〇〇円で買い付けた事実が認められ、右認定に反する証拠はない。

三  そこで右建玉が被告の委託によってなされたか否かについて判断するに、被告が原告に対して右建玉を委託したことを直接立証する証拠はない。

かえって≪証拠省略≫によれば、被告は原告会社における本件建玉のころ、かねて知り合いの原告の社員で委託勧誘業務に従事していた訴外近藤芳正から、被告名義で建玉をしたが責任は持つから心配するなといわれたこと、その後原告から本件建玉の買付報告書が送付されたので近藤に尋ねたところ、名義を借りただけだから心配するなと再度いわれたので、原告に対し本件建玉委託の否認を申し出るなどの処置をとらず放置したこと、同年七月一六日頃、訴外近藤から、同人の上司と会って委託証拠金納入の猶予を依頼してくれ、あとは責任をもつといわれて右申出を承諾し、同日頃、近藤および訴外山田敏明とともに原告会社の営業部長大野英治、営業課長森林義徳の両名と会ったこと、そのさい被告は右大野らに対し一旦委託証拠金納入の猶予を乞うたが、大野らの猶予拒絶と追求にあったため、態度を翻えして本件建玉の委託を否認し、被告に責任を負う意思がないことを明らかにして物別れとなった事実が認められ、これらの事実によれば本件建玉は訴外近藤の手張り玉であって被告が本件建玉の委託をしたものではないことが明らかである。

四  原告は、被告が本件建玉の委託をしたことはないとしても、建玉を明示黙示に承認したと主張する。

訴外近藤の前記手張り行為は被告の名義を冒用して行なったものであるが、近藤が被告の代理人たる地位を有したとか被告の代理資格を僣称して本件建玉の委託をしたなどの事実を認めるに足る証拠はないから、近藤の被告名義による右注文を被告についての無権代理行為とみることはできない。

しかしながら、一般に取引について名義を盗用された本人がその事実を知りながらその取引行為を追認する旨の意思表示をしたときは、相手方および第三者の信頼を害うことがない限り、その取引は当初から本人について有効であったものとなると解すべきである。けだし、この点につきわが民法上に明文はないものの、無効な行為について非遡及的追認を認める民法一一九条但書および無権代理行為について第三者の権利を害しない範囲での遡及的追認を認める同法一一六条の規定を類推すれば、一般に無効な行為についても第三者の権利を害しない限度で遡及的追認を認むべく、この理は本人自ら無効な行為をした場合に限らず、第三者が本人名義を冒用して相手方と取引をし、相手方が本人との間に取引が成立したものと信じている場合に本人がこれらの事実を知りながら取引行為を承認する場合にも拡張して適用すべきものといえるからである。

よって被告が本件建玉の委託を事後的に明示黙示に追認したか否かについて判断するに、被告が訴外近藤の被告名義による本件手張り行為の存在を知りかつ原告から本件建玉の買付報告書の送付を受けながら原告に対し委託の否認を申し出るなどの処置をとらなかったことは前認定のとおりであるが、右の事実のみをもってしては委託を黙示に追認したものというのに十分ではなく、また被告が昭和四四年七月一六日頃原告会社の大野らに対し一旦本件取引の委託証拠金納入の猶予を乞うたこともさきに認定したとおりであるが、大野らに猶予を拒絶されたためただちに本件建玉の委託を否認し責任負担の意思がないことを明らかにして物別れとなった前認定の事情からすれば、右の事実を目して黙示の追認があったとみることもできないところである。

また原告は被告が昭和四四年七月二一日に原告会社を訪れて委託証拠金納入延期を申し入れたと主張するところ、≪証拠省略≫によればそのころ被告が原告会社を訪れて大野営業部長と面接した事実が認められるけれども、そのさい被告が委託証拠金納入を約した旨の≪証拠省略≫は被告本人尋問の結果や前認定の七月一六日頃の交渉の経緯に照らしてたやすく措信できず、他にそのさい被告と大野との間になされたやりとりを認めるに足りる証拠はない。

しかして他に被告が追認したことを認めるに足りる証拠はないから、原告の前記主張は結局採用できない。

五、次に原告は被告の名板貸責任を主張するけれども、名板貸責任が成立するためには名板貸人が名板借人の取引行為に先立って名義の貸与を承諾したことを要すると解すべきところ、訴外近藤の本件手張り行為に際して被告が事前に近藤に対し被告名義の使用を許諾した事実を認めるに足りる証拠はないから、原告の右主張は採用できない。なお、商法二三条が営業名義の貸与の場合にのみ適用されるとの見解をとるとすれば、被告が営業名義を有したことを認めるに足りる証拠はないから、この点からしても原告の主張は失当となる。

六、そこで予備的請求について判断するに、訴外近藤が原告の委託勧誘業務担当社員であったことおよび右近藤が本件手張り玉を建てたことはいずれもさきに認定したとおりであって、商品取引会社の社員たる者がかかる手張り行為をすることは雇傭契約上の義務に違反し許されないものであることはいうまでもない。

しかしながら、被告が右近藤の行為に当初から加担していたと認めるに足りる証拠がないことさきに述べたとおりであるから、近藤の建玉が委託証拠金なしに行なわれかつ玉の売買に伴い差損金が生じたため原告に損害を生じたとしても、その損害のすべてがただちに被告の責任に結びつくものとはいえない。もっとも、≪証拠省略≫によれば被告は本件の問題が起きる四か月ほど前に別の商品取引会社との間で商品取引の委託をした事実が認められるから、少くとも原告から買付報告書の送付を受けて被告名義の建玉の存在を確定的に知った時点で鉄砲玉等による損害を負わせないよう原告に対し取引委託の否認を申し出るべき条理上の義務があったものというべきところ、被告はこれをせず、昭和四四年七月一六日頃の原告会社との交渉のさいようやく委託を否認したにすぎないこと前認定のとおりであるから、右否認申出の遅延により原告の損害を発生または拡大させたとするならば、これによる原告の損害を賠償すべき義務があるということができるけれども、これにより原告に如何ほどの損害が生じたかについてはこれを認めるに足りる証拠がない。

したがって原告の予備的請求も理由がない。

七  しからばその余の点について判断するまでもなく原告の主位的請求および予備的請求はすべて理由がないからこれを棄却することとし、訴訟費用の負担につき民訴八九条を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判官 稲守孝夫)

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